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腰と注射と新潟と~第3回全北陸空手道選手権大会レポート~

      2018/01/22

新潟で開催された第3回全北陸空手道選手権大会の一般男子初級の部に出場してきました。1週間前のぎっくり腰を引きずった状態で動ける若者ばかりとあたるハードなトーナメントでしたが、リソースを気力に全振りしてなんとか勝ち抜き優勝することができました。

道場のHP用に大会レポートを書きましたので、こちらにもあげておきます。

腰と注射と新潟と

第3回全北陸空手道選手権大会が9日後に迫った金曜日の夜。追い込み稽古中に突然、脊椎の左から右へ五寸釘を打ち込まれたような激痛が走り、立っていることもままならなくなりました。ぎっくり腰――ドイツでは「魔女の一撃」といわれるやつです。経験したことのない方は「またまた~。立ってられないなんてウソでしょ?」とおっしゃるかもしれませんし、実際、友人の一人は「大袈裟www」なんて薄情なLINEを送ってきましたが、不本意ながらそのような方には裏拳顔面打ちを叩き込ませていただき、ぎっくり腰の痛みの何十分の一でも知って優しい人になっていただければと思います。寝返りを打つこともままならない。家の前をトラックが走って床が振動するだけで悶絶する痛みです。ぎっくり腰なんて微妙に間の抜けた名前で呼ぶから過小評価されがちなのであって、私は常々この病気は「腰椎大捻挫」とか「腰周り崩壊症候群」といった相応の病名に改めるべきだと考えています。

それはともかく、翌朝、通常なら家から歩いて3分ほどのところにある小さな整形外科に20分近くかけて這っていったのですが、診察室に入った私を見るなりお医者先生が「あ~あ」とおっしゃいました。(こいつやりやがったな)と。私もつられて「ええ。『あ~あ』です」と答え、ふたりで「「あ~あ」」と合唱したのですけれど、この過程で先生とは心が通じ合ったような気がしたので、ひと駅離れたところにある大きなスポーツ整形外科の方が設備もスタッフも充実しているのですが、今回のぎっくり腰に関してはこの病院と先生に全面的に委ねることにしました。

その日は一般的な神経ブロック注射を打ってもらい、孫悟空が界王拳を使うときのような気合を入れればなんとか寝返りが打てる程度にはなったのですが、「寝返りが打てる」と「突きが打てる」との間には絶望的に越えられない壁があるわけで、「試合に出られるのか。そもそも、会場まで移動できるのか」という不安をかかえ、体圧を分散させるための抱き枕もかかえ、それから1週間以上を寝たきりですごしました。いよいよ大会前日となっても回復はままならず、病院で先生に「明日、空手の大会があるんですよね。それで、エヘヘ、30発ほどパンチを打ちたいんですけど・・・・・・」と切り出してみました。もう勇気と無謀を履き違えるような年でもないので、本音のところでは棄権するための理由を求めてのことでしたが、思いがけず先生は「なら、『医者の良心を殺した処置』をしてあげよう」とおっしゃったわけです。(いやいやいや。そこは「絶対安静にしなさい」と言うとこでしょ・・・・・・)と心の内で突っ込みを入れながらもいまさら引くに引けず、「殺した良心」がなんなのかという説明を受けないまま、通常とは成分が違うらしい注射を打つことになりました。その注射で腰の痛みがそれなりに和らいだような気がしてきたので、大会前日の16時にようやく観念して全北陸大会一般初級の部への出場を決心しました。


当日朝、起床したときは突きと直線系の足技はどうにか使えそうな感触だったのですが、始発の三田線、埼京線、上越新幹線を乗り継いで試合会場のある新潟に着いたときには、すでに腰周りはだいぶすり減っていました。その後、会場で泉監督と拓さんのサポートのもと行ったアップでもやはり体幹はメタメタ。拓さんが構えてくれたミットに上段回し蹴りを数発打ってみたところ背中に洒落にならない激痛が走ったので、「こらあかんわ」と早々に回転系の蹴りは捨てることにしました。

このように身体のコンディションは最悪でしたが、なんということでしょう。人間万事塞翁が馬、禍福は糾える縄の如し、腰を痛めていたことが今回の大会では思わぬ功能をもたらすことになったのです。
その一つが、ある種の開き直りが生じて試合に対する気負いがまったくなくなったことです。出場できただけでも御の字。これ以上のなにを望むのか。いまの自分の身体の状態を素直に受け入れ、試合以外の余計なことはなにも考えず、思わない。いわゆる「悟りの境地」です。間違っても釈迦は休みの日にわざわざ他県まで人を殴りに出向かないと思いますが、このときの精神状態はわりと釈迦に迫るいいところまでいっていたように思います。

もう一つが、身体操作がままならず死に技となった回転系の蹴りを完全に捨て、ついでに元々たいしたことのないフットワークも捨てた結果、ベタ足での突きにリソースを全振りしたということです。筋肉量の多い脚を下手に使わなかったおかげでスタミナの消耗が劇的に抑えられ、今回の対戦相手は自分よりも10歳も20歳も年下のピチピチした若者ばかりでしたが、試合の最終盤まで対等にやりあうことができました。

今回は対戦相手の研究をまったく行いませんでした。今年の夏に出場したカラテドリームフェスティバルでは、対戦相手のことを探偵ばりに調べあげ「この人はI知Y本道場の人だから、嫌らしい足技を多用してくるであろう」などあれやこれやと想像し、気持ちがフワフワしていたせいか重心もフワフワしてしまい、結局は単純な突きに押し負け初戦敗退するという不甲斐ない結果に終わっていました。このときの「相手の研究に勤しむあまり自分の研究が疎かになった」という大いなる反省のもと、今回は会場で初めて対戦相手を確認したのです。

すると、いずれの対戦相手も身長は私とほぼ同じなのですが、体重は私の方が8~10キロ重い。10キロといえば、月に一度ほど家の近所の仲宿商店街に米を買いにいくのですが、米袋(10キロ)を抱えて歩くのって意外としんどいんですよね。それだけの体重差がある。直近の9日間は腰痛でひたすら寝ていたのですが、ご飯だけはしっかり食べていたため、試合当日の私の体重は事前に申告していた75キロから5キロも増えて80キロになっていました。これは10キロ入りの米袋に換算すると8袋分なわけです。感覚的には、地べたに8つまとめて置いてある米袋を小突いたところで、そうそう動かないと思うんですよね。この「米袋そうそう動かない説」を適用すると、相手よりも10キロも重い80キロの私が重心を極力下げてさらに後ろ脚を地面に突っ張っているならば、自分の足で後ろに移動しないかぎり、多少の突きや蹴りを受けても身体は下がっていかないということになります。身体のコンディションは決してよくありませんでしたが、会場で考えたこのようなことを気持ちの拠り所として、試合直前に「今回は相手の攻撃をかわさない。どんな打撃を受けようが、自分からは下がらない」ということだけ心に決めました。「最悪、骨の1、2本持って行かれるかもしれないが(4月に井村さんの「鎖骨消失事件」が起きました)、それで死ぬわけでなし。すでに腰がむちゃくちゃ痛いところに、いまさら痛む場所が何箇所か増えてもたいしたことない」そんな腹積もりでした。

準決勝の相手は電動ドライバーのように高速回転しながら上に下にと蹴りを出してくるとても足癖の悪い若者。そのフットワークにはかなり苦戦させられましたが、こちらは重心をガッツリ落としてその蹴りを食いしばり、意地で1歩も下がりません。相手が突きの射程に入ってきたら、左右の連打と共にベタ足でひたすら前進。蹴り主体できていた相手は、その反作用と重心が不安定になったところへの追い打ちの突きで転倒です。ただ、こちらはフットワークが死んでいますから、相手の上段回し蹴りが何度も頭部キワキワに飛んできます。しかし、そのたびにセコンドについてくれた泉監督と拓さんが「見えてるよ~、全部見えてるよ~」とフォローの声を入れてくれ、最後まで気力を維持し、上段への攻撃を腕で受け切ることができました。結果、本戦3-0で判定勝ち。試合後に相手の親御さんに聞いた話だと、伝統派で黒帯をとった後、フルコンタクトに転向してきたとのことです。危ないところでした。いつものように相手の研究をやり込んで試合前にその情報を得ていたら「伝統派の黒帯とフルコンの黒帯、ひょっとすると、カリフラワーとブロッコリー程度のちがいではないだろうか。あれ? これ、まずくない?」と萎縮し早々に心が折れていたはずで、先に書いたように今回は相手の研究をしなかったことが功を奏したわけです。

昼休みを挟んでの決勝戦。決勝の相手もみなぎる若さで内廻し蹴りをポンポン放ってきます。後で動画を確認すると本戦1分半の間に6回も放ってきていましたから、おそらく相当自信のある技だったと思うのですが、彼にとって不幸だったのは、私、内廻し蹴りは毎週月曜日に道場でキレッキレの「チャントモ蹴り」を散々くらってきてるんですね。上位互換をもらい慣れていたので、かなり余裕をもって対処することができました。結局、準決勝と同様の「下がらず、突きとともにひたすら前進する」という展開に持ち込むことができ、本戦3-0の判定勝ち。一足先にシニア部門で優勝を決めてきた栄治さんと、「ダブル優勝ですね。ガッハッハ」と、喜びを分かち合いました。

そうなんです。この全北陸大会には東京お茶の水支部から私を含めて3名の選手がそれぞれの階級に乗り込んでいたのですが、みな好成績をおさめました。目の前のチームメイトの勝利が次のメンバーの勝利を呼び込み、チーム全体に正のフィードバックが働く。仲間の勝利の高揚感を自分の試合まで持っていけることのメリットは大きく、3人の中では試合のローテーションが最後だった私はこの恩恵を最大限に受けられました。

第3回全北陸空手道選手権大会では、幸いにもエントリーした部門で優勝することができました。ただ、元々腰を痛めていたところに正面から打撃を受け続けたためさすがに無傷というわけにもいかず、試合を終えてそのまま病院へ直行し諸々の処置をせざるをえませんでした。意地を張り通した代償として表彰式こそバックレることになりましたが、久美子先生が代わりに受けとってくださった大きな優勝トロフィーと賞状でお釣りはきたかなと思っています。今年3月の総本部交流大会ではワンマッチを勝って優勝しましたが、やはり公式大会のトーナメントを勝ち抜いての優勝は達成感もひとしおです。

泉監督と拓さんには、3連休の中日にわざわざ新潟まで応援にきていただき、感謝の念に堪えません。AppleストアのGenius Barのごとき手厚いサポート、セコンドでの的確な指示、気力を奮い立たせてくれる声援、これらなしにはトーナメントを勝ち抜くことはできませんでした。そして久美子先生。試合会場に師がいるというのはたいへん心強いことです。

夏から当面の目標としていた大会は良い結果で終わりました。大会後は満身創痍でしたが、ひと月ほど養生したら疲弊した身体もほぼ回復しました。手元には仲間への感謝と自分に対する少しの自信が残りました。またぼちぼちと次の目標を定め、それに向かって精進していきたいと思います。押忍。

 - 空手

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