スタジオ大四畳半

四畳半から一軒家に昇格。

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捕鯨賛成派としての理論武装

      2013/12/05

科学的な捕鯨妥当性の再検討に反対するということは、反捕鯨国は一応自分達が非科学的な主張をしてる自覚はあるようです。

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『【勿忘草】鯨は賢いから食べてはいけない理屈?』

先月末、アンカレジで開かれた国際捕鯨委員会(IWC)で、日本の伝統的沿岸捕鯨の再開が反捕鯨国によって拒否された。米国やロシアの先住民に認めた捕鯨を日本には認めないという矛盾、生息数などに関するIWCの科学的データさえ否定する頑迷さは、反捕鯨がイデオロギーであることを鮮明に表している。米国のホガース議長自身が「IWCの異常な状況」と語ったという。日本がIWC脱退を示唆するのも当然の成り行きだろう。
鯨肉は戦後、高価な牛肉などの代替食というイメージが強かった。しかし一方で、「尾の身」から「おばけ」まで「捨てるところがない」というほどに鯨をしっかり食べる文化があることも確かだ。かつて筆者の食べた学校給食では、鯨肉をたれにつけ込み、砕いたピーナツと和えて揚げた定番メニューがあった。学校給食ですらこんな工夫がなされたのである。日本人はそれほどに鯨に愛着をもっていたのだ。
ところが、1986年の商業捕鯨停止以来、鯨料理の文化は多くの人の間で記憶の中のものとなり、鯨の味を知らない世代も増えてきている。これを文化破壊と言わずして何と言おう。
反捕鯨国は、捕鯨は野蛮だという。歴史的に見れば、鯨から油をとるために捕鯨していた行為の方が、はるかに野蛮だと思うが、もうそれは問うまい。しかし「鯨は賢いから食べてはいけない」という理屈は何なんだ? 賢い動物と賢くない動物はどこで線引きするのだ? 中国人は猿を食べるな、ということか? 牛は飼っているから食べてもいい? それこそ命ある生き物に対する傲慢(ごうまん)な態度ではないのか。
先日、長野県の郷土料理の店で、生まれて初めて「ざざ虫」や「蜂の子」を食べた。その味に自分が昆虫食に対する偏見をもっていたことを知った。人間は他の生き物を食べずには生きてゆけない。だからこそ感謝の心をもって、食べ尽くすことが必要なのだ。
もし食文化に野蛮という言葉を使うなら、それは弁当を含めたファストフードである。食べきる量よりも大幅に多い量を流通させて、余りを捨てる。そんなシステムに、感謝の気持ちは育たない。(深堀明彦)

(ソース:SANKEI EXPRESS:2007年6月6日)

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捕鯨の問題を論じる際のポイントを簡単にまとめます。反捕鯨国の反対の理由は大きくふたつあります。一つ目は、聖書に「陸の上の動物は神が人間が食べるように作られた」とあるので海の動物である鯨を食べることは非常に冒涜的に映るということ。二つ目「鯨は知能が高い動物だから」(後述するけどこれは後付け)ということです。あと「うちの国では海洋資源を食料資源の主としていない」というのもあるでしょうか。

我が国の主張は、国として海洋資源は至極重要であって魚をクジラに食い潰されてはかなわないので個体数を減らすために捕鯨しようというものです。その過程で、ただ殺してポイじゃ「勿体無い」ので食べましょうと。捕鯨文化に誇りもありますし、「乱獲して絶滅直前まで個体数減らしたあげくに脂とって捨てることしかしなかったような奴らに言われたかねぇよ」という思いもあるでしょう。日本にとっては食糧問題として切実なのだが、反捕鯨国は精神論だとか「根拠の無い」ことを理由に反対を振りかざしてくるわけです。

以前も似たようなことを書きましたが、視野が狭窄な動物愛護論にはほとほと嫌気がさします。

高校生の時分、神戸三宮の交差点で街頭演説をやっている動物愛護団体のおばちゃんらによく遭遇しました。おばちゃんらはどこぞの化粧品会社の「拘束したウサギの目玉に化粧品を塗って腐敗状況を観察する実験」だとかのグロ写真をプリントしたプラカードと共に近寄ってきて「酷いでしょ?ね、酷いよね?」と賛同を求めてくるわけです。その押し付けがましい態度がとても不快だったので「おばちゃんのその化粧もウサちゃんの屍の上に成り立ってるんちゃいます? 先ず自分が化粧やめはったらどうですか?」って言ってみたらば、おばちゃんの顔が赤くなって白くなって最終的にはトドメ色になって、熱湯をかけられた蝉みたいな奇声を鬼の形相で浴びせかけられたというちょっぴり甘酸っぱい青春の思い出があります。化粧品の製造過程を非難しながら化粧品を使うおばちゃんらの言動は三宮をブラブラしているガキにも直ぐわかるような明らかな矛盾だったのでした。

動物の「可愛さ」などというものは多分に主観的なもので、鯨はウシやブタと同程度には可愛いかもしれないけれども、それ以上でも以下でも無いと思います。仮に鯨がウシやブタよりも頭が良いとして、「頭が良い動物は殺すべきではない」という論理は、「優等なものには生きる資格があるが劣等なものには生きる資格は無い」という、人間社会で言うところの「優生学」に通ずる暴論でしょう。実際のところ、今ではそのような古典的優生学は学術的にはほぼ非科学的抽象論的な疑似科学であるというコンセンサスが形成されているわけで、本当のところでは、反捕鯨国は、「海の動物」を「食べる」事が自分たちの宗教哲学として気に入らないというだけで、ウシやブタやカバだったら賢かろうがどうだろうがかまわないわけです。クジラ目に最も近縁な哺乳類は偶蹄目(ウシ、ブタ、カバ、ラクダなど)の中でもカバでだということが分子生物学上の研究で知られています。自分たちが大西洋の鯨を取り尽くしたのは鯨油目的なのでセーフ。なので「鯨は知能が高い動物だから」とか「かわいいから」などは若干無理した後付けの理由なのでしょう。聖書そんなこと意図してないのでしょうが、その解釈が碌でもない。

IWCの場では、日本がどれだけ詳細なをデータ(クジラの数とか海洋資源に与える影響とか)を提示したところで、反捕鯨国は前述のような理由からヒステリックに「鯨が可愛そう」論調でわめくだけで、それはもはや討論でも会議でもなくなっています。そんな機関に日本がこれ以上残る必要はないとは思うが、クジラで突っ張ると他部門に反動が来るだろうから、難しいところです。しかしながら、ゆくゆくは鯨の食物摂取量と漁業における海洋資源の観点から、捕食でなくともどうしても適当数を間引く必要が出てくると思われます。そんときはどうするんでしょうか。「食べなきゃいい」ってんで爆雷なんかで殺しちゃうの?

昔に書いた「アイヌ特区で鯨を取る」っていう案は、今もってイケてるんじゃないかとか思っているのだけど、どうでしょう?

 - 雑文

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  1. […] これまでの捕鯨エントリー 海豚(イルカ)はトモダチ!! 捕鯨賛成派としての理論武装 日本の沿岸捕鯨要求を否決 IWC総会 […]

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